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Sちゃんのgg。「職場の方のお誕生日のプレゼントに似顔絵を描いています」とその絵の続きをされました。途中、「この人なんだけど…似てますか?」とSちゃんが職場で撮ったスナップ写真を携帯から見せてくれました。「うん!雰囲気似てるね」と私。「やっぱり似てないともらっても嬉しくないですよね」と言われるので、そう?と答えました。「私だったら、例えばSちゃんが私の似顔絵を描いてくれる、そのことがとても嬉しくて、似てる似てないは関係ないかな」というと「そっかー…そうなんですね…」とSちゃん。暫く考えるように絵を見つめておられました。西洋の古典絵画のパトロンのように’精密に勇ましい肖像画を’と注文すればまた話は別ですが、サプライズで好意で似顔絵を描いてくれたら、自分とその人の関わりの中で、自分という存在をどんな形であれ思ってくれている、そのぬくもりに触れるような気がして、その人との関係も、また自分自身も、許容されている安心感を得るんだと思います。それが嬉しさへと繋がっていくのかな、なんて考えていたら、「じゃあ、いつかなみさんを描いてみようかな」とにっこり。「実は前回のggが終わってから部屋でなみさんを思い出して描いてみたんですよ」とスケッチブックにあるドローイングを見せてくれました。「ツーンとした顔になっちゃった笑」とSちゃん。わーい♪似てる似てる笑。いつか絵にしてもらう約束をして今日のggを終えました。折しも今日は夏至。夏至というといつも亡くなった知人の画家春のうららを思い出します。今日は夕方、空が高くて、とても澄んでいて、珍しく雨も降らず爽やか。うららは超がつくほどの雨男だったのでいつも夏至の日は雨ばかり記憶にあります。亡くなった人を偲ぶとき、いつもその人が、すぐそばにいてくれるように感じるのですが、今日もうららは、私がうららを思い出したときにそばにいてくれたかな。生きている人と亡くなった人の一番の差は’声’が聞こえないことだと思っていますが、もう一度うららの生の声を聞いてみたいなとぼんやり馳せながら、gg入り口のビオトープのメダカの赤ちゃんを暫く眺めておりました。メダカの赤ちゃんたちとても元気です!透明な体で目一杯泳いでいました。