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Nさんのgg。今制作されている植物の点描画も完成間近か。少しづつ全体を見ながら調整されているNさん。本日も時折話を交えながらも、集中して作業されました。このggダイアリーにも以前より書かせてもらっていますが、Nさんの夢への道筋も本格的に見え始めていて、いよいよ、この冬には始動される予定です。怖い気持ちと、挑戦するときのワクワクした気持ちと、方や、冷静に戦略を組み立てる思考とを駆使して、堅実に地に足をつけて道を歩んでおられるNさん。その姿を傍で拝見しているこちらの身にも、しずしずとした彼女の脈動が伝わってきます。Nさんはggへ通われるようになって6年経ちます。時に、憑依したり俯瞰したりを繰り返しながら、互いの距離感を保ちこの6年間様々な言葉をかわして関係を育んできました。Nさんに限らず、こうしてggをしていて、とても楽しく感じるのは、一人の人がどんどんと変化していくその姿を、傍で見守って見届けられることです。たった短い人生の一瞬を、たまたま出会った私たちが、時を同じくして同じ方向へ目を向けているその奇跡的な出来事を、ただ静かに寄り添って見ていられることが、私にはとても心地よく、ggを開いてよかったなーと思う瞬間です。専門学校の講師も今年で10年務めさせていただいていますが、およそ2年で卒業していく学生に対してもその喜びは同じで、まるで大河の流れにある中州のように、いずれ過ぎ去ることを知っているからこそこのひと時を愛おしく思うのだなあと。そしてこうした関わりから改めて自分というものを知るんだなと、(きっとこの歳にして遅すぎるかもしれないけれど)やっと気づいてきたところです。そして、また逆もしかりで。自分とは違うものを持っている方との軋みもまた、まるで出されている問題をクリアするためのゲームのように感じたり。軋みが痛ければ痛いだけ、その裏にあったカラクリに気づいた時の感激と感謝は甚大で…。以前にも思ったことだけど、なんか人生って、生まれてすぐ手渡された色鉛筆で、前半はひたすら言われるがまま塗って塗って、塗り終えたらなんかどうも違うような気がして、今度はそれを消しゴムでひたすら消して消して、でもところどころなかなか全部消えなくて、でもうっすら残っているその色や筆致の上からまた新しく今度は、自分の描きたい絵を描いていくと、消し残ったものがいい下地となって、全体の絵に深みを与えてくれていることに気づいて。生き様って、どんなものでも一枚の絵になっていくのかもしれないな、なんてことを考えている最近です。頭の中秋風ですね。